特別レポート1:未知なる介護市場への参入:特異な市場を理解する」

その2)販売事業の成功には、市場・顧客の理解が不可欠

介護ロボット経営実践会の関口です。

その1)に続き、介護現場に関連した話をお伝えします。私は、ロボットの介護現場への普及促進活動の一環として、自治体の支援プログラムなどさまざまな取り組みに参加した経験があります。これらの活動を通じて得た知見をもとに、介護市場の動向や顧客の実態について、少し詳しくご紹介します。

1.顧客を観察してわかったアプローチのヒント

さて、このセクションでは抽象的な話ではなく、より具体的なことに焦点を当てるため、見守り機器を例に挙げて説明します。実は、あるイベントで見守り機器を導入した介護施設の責任者の事例発表を聴いたことがあります。その方は、「見守りロボットを導入した際に感じたこと」と題して、導入の経験について語られました。

その内容は、以前から私が介護施設におけるロボットの導入について感じていたこととほぼ同じでした。これらを要約すると、「実際の効果を実感できない」「他の製品との違いがわからない」「既存のシステムとの併用ができるのか、わからない」「金額の意味(相場)が把握できない」という点が挙げられます。これは2023年の今でも変わりません。それぞれを詳しく説明します。

 

(1)  実際の効果を実感できない

「実感できない」とは、デモを受けても、具体的な導入効果や変化がどのように現れ、どのような形で効果を実感できるのかが理解しづらいということを意味します。

この課題に対処するには、他の業界の成功事例を参考に、「顧客の声」や「具体的な活用事例」をわかりやすく紹介することが重要ではないでしょうか。例えば、装着型の移乗介助ロボットを例に挙げると、デモの際に現場の職員に装着してもらうことができます。そして、重たい物を持ち上げてもらえば、簡単に実感してもらうことができます。同じようなことが見守り機器にもできないでしょうか?

また、難しい専門用語やアカデミックな情報を発信することはなるべく避けて、わかりやすさを重視するべきです。それに、製品をアピールする際には、通販業界の手法を参考にすることも有益でしょう。テレビ通販などは、製品をわかりやすく伝え、消費者に訴求しています。ポイントは、製品の魅力を簡潔かつわかりやすく伝えることです。

 

(2)他の製品との違いがわからない

「他の製品との違いがわからない」は、市場には似たような機能を持つ見守り機器が多数存在し、一般の介護職員にとってそれらの違いが明確でないために生じます。加えて、メーカーや販売代理店が多くの機能を紹介し、専門用語を用いるとことで、知識が乏しい潜在顧客は混乱し、理解が難しくなります。ニーズ(問題意識)がハッキリしていなければ、企業側の説明は、なおさらわからないものになるはずです。

中には、未知の用語を聞いただけで、避けようとする、あるいは、興味を持たなくなる人がいます。「覚えるのが面倒そうだ」「仕事が増えるのでは」「できれば、私は関わりたくない」などと判断されてしまうかもしれないのです。

では、自社の製品を効果的に伝える方法は何でしょうか?

自社の製品が競合他社と比べて優れている点に焦点を当て、それらをわかりやすく伝えることが有効かと思われます。過多な情報提供や機能の紹介ではなく、見込み客(あるいは、潜在顧客)のニーズを把握した上で、1〜3つの際立つポイントに集中し、それらを明確に訴求することです。提供する情報を増やそうとするのではなく、絞ることが伝達効果を高めます。同様に、マーケティング活動においてはUSP(Unique Selling Proposition、独自の販売提案)を考慮に入れ、際立つ特長をわかりやすく示すことです。

 

(3)他の既存システムとの併用ができるのか、わからない

多くの介護施設では、ナースコールなど、既存のシステムがすでに導入されています。そのため、新しいシステムを導入しようと検討する際、一番の疑問は「既存のシステムとの併用は可能なのか?」「操作性について、大きな違いはないか?」ということです。介護施設にとって、複数のシステムを別々に管理・操作することは非常に手間が掛かり、面倒だと判断されがちです。

したがって、潜在顧客の不安を解消するためには、事前に既存システムとの併用に関する説明の場を設けておくべきです。併用が可能かどうかだけでなく、併用できない場合の代替策も提案することが重要ではないでしょうか。

 

(4)金額の意味(相場)が把握できない

金額の意味、つまり価格の相場がわかりにくいことは、「他の製品との違いがわからない」とも関連しています。価格が高いのか、安いのか、その判断が難しいということです。例えば、私たちがよく知る500mlの水(ペットボトル入り)が40円と表示されていたら、「安い!」と感じるでしょう。

しかし、同じサイズの水が2,000円で販売されていたら、「高い!」と即座に判断し、「なぜこんなに高いのか?」と疑問に思うことでしょう。もし2,000円の価格を設定する場合、通常の水との大きな違い(理由)をわかりやすく伝えて納得してもらわない限り、「高い!」と潜在顧客から却下されてしまいます。

同様に、新しい製品やロボットなどの価格は市場相場がわからないため、判断が難しいことがあります。このため、競合他社よりも低価格で提供される場合は、「低価格の理由」を、高価格の場合は「高価格の理由」をわかりやすく説明することも重要です。

最終的には、潜在顧客の視点(活用場面、目標など)から、自社製品の魅力を絞り出し、明確に説明することが大切です。

2.介護施設における導入の舞台裏:購入意思決定の実態と課題

私は自治体事業に協力する形で、介護ロボットに関するイベントを何度も企画した経験があります。

ある時、介護施設から約10名の職員を一堂に集め、パネラーとしてお招きしてイベントを開催したことがありました。

そのイベントでは、登壇したパネラー(介護職員)に対し、「どのようにして導入すべきロボットを選んだのか?」と質問しました。私自身は多くの施設を訪問し、ヒアリングを行っていたので実態を把握していましたが、そのイベントを通じて改めて「あること」を痛感しました。

痛感した「あること」とは、ロボットを導入した介護施設の多くが、「受身の購入」だったということです。当時の2016年においても、多くの施設において、自ら情報を集め、比較・検討し、導入すべきロボットを選んだわけではありませんでした。

むしろ、以前からお付き合いのある業者の勧めや、たまたま営業に来た会社や県の関係者から提案された機器を選択していたのでした。つまり、能動的ではなく、受動的な購入だったのです。ホームページを見て複数の機種を比較・検討した上で購入したのは、参加した9つの施設のうちの3つだけで、残り6つの施設は特に比較検討せずに、導入機種を決定していました。

この実態は、2023年の今でも大きく変わっていません。変わっていないと表現するよりも、むしろ情報がより錯綜しており、しかも、モノとモノがつながるようになっため、、判断を下すに際して、以前よりもややこしく、面倒になってきたのです。

このようなことを踏まえると、介護施設に向けたアプローチは、プル戦略よりもプッシュ戦略の方が有効であると言えます。自社商品の機能や価格だけを強調するよりも、むしろ買い手となる施設が抱える課題に注目し、彼らの課題に合わせた「サポート役」を演じてあげることです。

また、次の点についてもよく理解しておくべきではないかと考えています。

製造業では、自社が使用する機器に対してこだわりを持ち、詳細な知識を持つ担当者がいることが一般的です。しかし、中小の介護施設には、機器に関する知識を持つ人が少ない傾向があります。だから評価することができないのです。

これはプロ野球の世界でも同じです。一般人は、プロ選手のプレーを見て「上手い」と評価しますが、プロ選手間における細かなレベルの差まではわかりません。どの人も「すごい上手い」と評価するだけになってしまいます。一方、プロ(専門家)は、一般人と異なり、さらに詳細に評価し、ランク付けすることもできます。

これと同じように、機器の販売においても、一般ユーザーと専門家(企業)の間には大きな差異が生じているのです。

さらに、介護施設のスタッフは、ロボットやICTの導入時に、まず自分たちの施設が直面する課題を整理する必要があります。その上で、何が必要で、ロボットがどのように役立つかをアセスメントするべきなのです。

目標達成や課題解決に向けて、ロボットを自発的に選択することが望ましいのです。しかし、現実はまだ受動的な購入が支配的です。だからこそ、販売側としては買い手を上手にフォローしてあげることで、ビジネスチャンスをつかむことができるのです。

3.介護ロボット市場のセグメント化:異なる導入段階から見るニーズの多様性

私は、介護ロボットの普及・推進に関連するさまざまな活動を行ってきましたが、「介護ロボット」という同じモノを見ているにも関わらず、(介護施設の職員によって)見える景色が異なる!」ことを痛感しました。

「見える景色が異なる」と述べた理由は、ロボットの導入段階の違いで「ニーズ」が異なることに気づいたからです。このことは、講演・セミナーを繰り返す過程において、参加者の反応やアンケート結果などから確信したことです。導入段階の違いによって、顧客(ユーザー)が「求めていること」が異なるのです。

機器の活用に関して、経験値の高いグループ(介護施設)と低いグループの差が大きかったのです。時間の経過と共に差が開き、バラツキが大きくなってきたとも言えます。

同様に、上手く使える施設がある一方で、導入当初につまずいてしまって、あまり使われずに時間ばかりが経過した施設もありました。その結果、「介護ロボット」という同じモノを見ているにも関わらず、見える景色が異なっているのです。

 

ところで、ロボット市場は大きく「産業用」と「サービス」の2つの分野に分かれます。さらに「サービス」分野には、介護をはじめとしたさまざまなセグメントが存在し、ホテル、小売、教育などの業種によっても細分化されています。これらの区分けは業種に限らず、「導入段階の違い」に基づいても行うことができます。

このように、ロボット市場は幅広いセグメントに分かれており、介護分野においてもニーズの多様化がすでに顕著です。市場が成長すれば、それに伴って専門化が進展し、特定のニッチ市場が形成されていきます。

逆に市場が小規模な場合、まだ専門化は進展していないので、一般化の傾向が強まります。市場が一般化すると、例えば「ロボット市場とは?」といった質問に対して、産業用、警備、介護などとセグメント別の違いを考慮する必要がなくなります。しかし、既存市場の成長が進むにつれて、多くの個別のニッチ市場が形成され、セグメント化が進んでいきます。

このような状況はあらゆる分野で起こるもので、ロボットのビジネスも例外ではありません。介護分野に特化した介護ロボット市場でも、同様の現象が生じています。

企業は、「専門化した市場にどのように対応するか?」という課題に対処しなければならなくなるのです。