特別レポート1:未知なる介護市場への参入:特異な市場を理解する

その3)強化すべきは戦略とマーケティング(1/2)

介護ロボット経営実践会の関口です。

ここでは、その2)の延長となる内容を複数のセクション(2ページ)に分けて説明します。市場の特性が製造業(一般企業)向けと異なることはおわかりになったと思いますが、ここでは、「では、何に取り組むべきか」という視点でお伝えしたいと思います。タイトルに掲げている通り、取り組むべきことは、戦略とマーケティングの強化となります。しかし、一般的な戦略論やマーケティング論での説明では、あまりにも漠然としていて抽象的になってしまいます。

そこで、よりリアルに取り組むべきことをお伝えすることを目的に、その2)と同じスタイルで説明します。介護現場にロボットを普及させるためのさまざま活動を通じて痛感した私からメッセージをお届けします。

1.導入してもらうための要件は?

このセクションでは、私が過去に進行役を務めたあるパネルディスカッションの中で指摘された、素晴らしい意見をいくつか紹介します。

パネラーに投げかけた最初の質問は、「介護ロボットを施設に上手く導入して活かすために、(メーカー側に要求するばかりではなく)施設はどのような努力を行うべきか?」でした。

その時のパネルディスカッションには、介護施設から3名が参加していましたが、その中の1人が施設にリフトを導入した際の取り組みを紹介しました。その取り組みでは、リフトという機械を導入する際に、法人内で勉強会を開催して職員の意識改革に時間を割いたとのことでした。

同様に、利用者やその家族から、リフト導入に関する理解を得るためにいろいろな努力をされたとのこと。また、その方は、介護ロボットを施設に上手く導入して活かすために必要な要件として、現場のアセスメントと職員に対する教育を主張していました。

また、別の施設の方は、ビジョンの共有化を主張していました。同じ法人内の職員とはいえ、各々の考え方や意見はバラバラになりがちです。しかし、皆が同じ方向に向かって進んでいくようにするために、まずはビジョンの共有が必要とのことでした。

 

ところで、パネルディスカッションでは、施設だけではなく、民間企業から3名がパネリストとして参加していました。彼らへの質問は、「介護という市場は、他にロボットが導入されている市場と比べると、どういう特徴があると思うか?」でした。

パネリストの一人曰く、「工場などで使われる産業用ロボットは、決まった工程を決まった設定の中で動くことになるが、介護分野では人がロボットを使うため、コスト面を含めて想定外のことが多い」とのこと。他の方からも似たような発言が上がったのですが、このパネルディスカッションを通じて、参加者がハッキリと認識したことがありました。

それは、介護現場にロボットを導入する場合、産業用ロボットのように決まった工程で、しかも、決まった設定の環境下で使うケースとは、利用の方法が大きく異なるということ。それを認識した上で、販売事業者には介護施設(ユーザー)に対する対応が求められるということでした。

一方で、介護施設の方も、職員の意識改革などに取り組む必要があるという認識に至りました。また、パネルディスカッションでは、企業側と介護施設側をつなぐ支援や教育のようなことが不可欠であることを共通の課題として確認しました。

2.市場開拓に必要なユーザーへの教育

日本でも2019年頃からスマホ決済が普及し始め、コロナ禍には無人レジが増えてきました。ちょっと過去にことになりますが201711月のある日、テレビのニュース番組を見ていたら、「中国では現金を使わない」「キャッシュレス化が進んでいる」と、現地の電子決済サービスの実態が放送されていました。2017年の当時、日本ではスマホ決済が普及していませでしたが、中国ではそれが普及していたのです。

中国における電子決済は、2017年の当時、若者の間ではかなり浸透していたようですが、50代以上の普及率がまだかなり低かったのです。テレビ番組では、高齢者にアリペイを使ってもらう様子が紹介されていました。アント・ファイナンシャル社は、スマホの使い方の講習会を地方の街で開催していたのです。

「スマホの使い方なんて、ネットで情報を公開すれば十分では?…」と思われがちですが、どうやら対面式の講習会を開催することに意義があったようです。アリペイでは自社の決済サービスを利用してもらうために、自社アプリの操作方法だけではなく、スマホの基本操作など「アリペイのアプリを使う以前に必要なこと」を中国国内の高齢者を対象に対面式の講習会を通じて教えていました。

アリペイが開催していた講習会のような、見込み客を教育するプロセス。こういったプロセスは、ロボットやITツールなどの普及にも必要ではないでしょうか? しかし、実際には、販売代理店が介護現場に納品する際、製品の操作方法をレクチャーして、「ハイ、サイナラ!」と終了するケースが少なくないようです。仕入価格と販売価格の差額を儲けとする代理店にとっては、納品を済ませて一旦売上を計上すれば、それ以降に納品先を再訪問してもはコスト高を招くだけとなってしまいます。

「販売する機器の操作方法」を教えてあげることは、最低限必要なことです。実際には、アリペイの講習と同じか、それ以上に機器の操作方法以外の教育が必要ではないでしょうか。

しかし、そういうユーザー教育の必要性について、担当者レベルでは薄々認識していても、個々の販売事業者が自ら行うかというと、難しい面が多々あります。なぜなら、多くは目先の売上を作ることに精一杯だからです。また、本来であれば、「顧客との最初の接点から、どのタイミングでどういうアプローチをして、そこにはどのくらいのコストが掛かり、どのタイミングにどのくらいのリターンを得るのか?」といった、損益構造をはじめとする事業の設計が必要ではないでしょうか。

その上で、集客プロセスの一環として、見込み客に対して教育プログラムを組み込むのです。しかし、多くの企業は、一見すれと遠回りのようなことを戦略的に検討するよりも、むしろ、補助金の獲得や即席の施策といった、目先の売上づくりに興味を示すようです。長期的な視点を失いがちなのです。

 

ところで、同じ機種を扱っていても、販売事業者(代理店)同士は競合関係にあることがあります。実は、ある介護施設の職員から言われたことがあります。それは、「同じ機種を導入している近くの施設が、いくつか集まって勉強会を開催すれば良いのに…」との声でした。

私もこうした勉強会の開催は、施設の職員が他の施設から学ぶ絶好の機会であると、以前から考えていました。しかし、現実的な問題として、施設Aと施設B、そして施設Cの代理店が異なると、代理店同士が競合関係になるため、A・B・Cの3つの施設が同じ機種を活用しているにも関わらず、一緒に勉強会を開催する機会がなかなか訪れないのです。

そのため、施設の職員同士が、どこかの研修会などで偶然に出会い、「ウチでは今、●●で見守りを行っている」などと情報を交換し、それが施設間の交流のきっかけとなることを期待する以外に方法がありません。このように、あくまで施設(ユーザー)同士の自発的な動きに頼るしかないのです。企業主導ではないのです。販売事業者(代理店)が異なるため、「同じ機種を導入している近くの施設が、いくつか集まって勉強会を!」と思っても、実行が難しいのが現状です。

このような問題を認識した上で、今後の企業は「何を行うべきか?」をよく検討すべきでしょう。同時に、アリペイのように、ユーザーを教育し育成することが、市場の開拓に大きな差をもたらすことでしょう。

3.市場開拓のブレイクスルーに必要なこと

2010年代に入り、ロボットやAIなどの言葉が急速に広まりました。ロボットについては、当初から産業用とサービス用に分かれていましたが、特に「介護向け」に注目が高まりました。

その後、市場の成長が期待され、「現場のニーズに合致する製品を開発すれば売れるだろう!」という期待から、機能志向の製品開発が活発に行われました。また、多くの企業が販売事業に参入し、これは今も続いています。

さらに、製品開発の奨励の一環として、ものづくり補助金やさまざまな開発補助金が提供されました。当然ながら、これらの補助金のために多くの企業が競合しました。行政の補助金提供は、部門ごとに予算と方針を持ち、独自に運営しているため、同様の補助金が重複して提供されることもありました。

この結果、過去に使った補助金の申請内容を微調整するだけで、複数から補助金を受けることができるようになりました。補助金によって、多くの企業がDeep Pocket(裕福)になれたのです。

さらに、「市場に受け入れられる価値ある製品を開発するためには、開発の初期段階から現場の意見を綿密に取り入れる必要があると認識され、製品開発企業と実際の使用者(施設)をマッチングさせる取り組みが広がりました。

介護ロボット市場は競争が激化しており、海外企業も同様に介護ロボットの開発に取り組んでいます。このため、世界中のメーカーが切磋琢磨し、今後、さらに優れた製品(ツール)が登場するでしょう。

しかし、安価でコンパクトで高機能な製品が提供されたとしても、それだけでは市場は充足されません。なぜなら、業界が定義した製品(ロボット)の性能向上に焦点を当てることと、本当に介護施設が必要とする課題の解決につながるかどうかは別の問題だからです。

ですから、企業は製品開発だけでなく、介護施設が直面する課題や目標を理解し、それに対する最適な解決策を提供する必要があるのではないでしょうか。ユーザー(介護施設)は、ツール(ロボット)を所有すること自体が目標ではなく、課題の解決や目標の達成が真の目的です。そのため、単にツールの提供だけではなく、その有効な活用方法など、それ以外のサポートが欠かせないのです。

言い換えれば、ツールを所有するだけではなく、ユーザーがそれを最大限に活用するための支援を提供することが肝要です。ツールの操作方法や機能説明は、伝えるべき情報の一部に過ぎないのです。

4.見える化が解決してくれる?

1990年代初め、私が社会人になった頃、職場にはインターネットがまだありませんでした。しかし、1990年代の後半には、インターネットが急速に広まり、社会に大きな変化をもたらしました。そして、2008年7月にはアップル社のiPhoneが日本で発売され、スマートフォンが普及し始めました。それから15年が経ち、今では誰もがスマートフォンを持っている時代です。

しかし、ネットの世界と比べると、介護現場でのロボットの普及は遅々として進んでいません。高価で使い勝手に問題があり、否定的な意見もまだ根強いです。それに、これらの課題がある程度解決されたとしても、まだ大きな問題が残っています。それは「見えていない」こと、つまり、さまざまなことが掴みにくいということです。この問題を克服し、「見えるようにする」ことが、問題解決に役立つはずです。

では、さまざまなことが掴みにくいという問題を解決するために、何が必要でしょうか? それには施設において「要件定義」のような取り組みが必要ではないかと考えています。ただし、通常のシステム導入のプロジェクトで行われる要件定義とは異なり、施設が何を目指すかによって、定義の対象や内容が変わります。

また、考慮すべきは「職員個人」「利用者」「施設全体」といった異なる関係者がいることです。どの立場を重視するかによって、要件定義の内容も変わるでしょう。例えば、施設の生産性向上と利用者の満足度向上のバランスをどう取るかが問題になります。そのための評価基準などを明確にすることも大切です。

目標を設定し、それに基づいて要件定義のようなことを行う支援を提供することで、ロボットやICTの位置づけや活用方法がより明確になり、ビジョン到達への道筋が見えるようになります。そのようにして、その価値を最大限に引き出す方法が見えるようにしてあげる必要があるのではないでしょうか?