PAROやLOVOT、NICOBOといったコミュニケーションロボットは、これまで「癒し」「話し相手」「孤独の解消」といった言葉で説明されることが多くありました。
また、AIBOのようなペット型ロボットも、同じように人との関係性を生み出す存在として知られています。
しかし、実際に高齢者とロボットの関わりを見ていると、それだけでは説明できない現象が起きていることに気づきます。
多くの高齢者がロボットに対して、単なる機械としてではなく、ペットのような存在として接するようになるのです。
これは、単なる道具との関係ではありません。
むしろ、人がペットと接するときの関係に近いものです。
では、ロボットがペットのような存在になると、何が起きるのでしょうか。
多くの製品(ロボット)は、道具として使われます。
道具は、役に立つから使われます。 そして役に立たなくなれば、使われなくなります。
これはごく自然なことです。
しかし、ペットとの関係は大きく異なります。
犬や猫を飼っている人が、「もう役に立たないから」と言って関係をやめることはありません。 むしろ、世話を続けるほど愛着は深まり、関係は長く続いていきます。
ここには、道具とは全く異なる関係の構造があります。
それは、「使う関係」ではなく、「関わる関係」ということです。
ロボットとの関係が長く続くケースを見てみると、多くの場合、この「関わる関係」が生まれています。
ロボットが道具ではなく、存在として扱われ始めているのです。
ペットと人の関係を考えるとき、重要な要素があります。
それは、「世話」という行為です。
こうした行為を繰り返す中で、人は対象に対して感情移入をし、愛着を持つようになります。前回のコラムでも触れましたが、ロボットとの関係にも同じことが起きます。
高齢者はロボットに対して、
「ちゃんと話しかけてあげないと」
「寂しくないかな」
「今日も元気かな」
といった気持ちを自然に持つようになります。
つまりロボットは、
人を助ける存在というよりも、むしろ世話される存在になるのです。
そして、その世話という行為が、愛着を生み出します。
ロボットが飽きられてしまうケースと、長く関係が続くケースを比べてみると、はっきりした違いがあります。
それは、ロボットが
道具として扱われているのか
それとも
ペットのような存在になっているのか
という違いです。
道具として扱われている場合、関係は「使う/使わない」で決まります。
しかしペット的存在になると、関係は
・世話する
・気にかける
・声をかける
・会話する
といった行為によって続いていきます。
つまり、ロボットが長く愛されるかどうかは、機能の多さではなく、愛着が生まれる関係が作られるかどうかにかかっていると言えるのです。
ロボットを「便利な機械」として考えるだけでは、その本当の可能性は見えてきません。
重要なのは、ロボットが人の生活の中でどのような存在になるのかということです。
ロボットがペットのような存在になると、人は自然に世話をし、気にかけ、関係を続けるようになります。
そして、その関係の中で、高齢者は再び「関わる側」「与える側」に戻ることができるのです。
ロボットの価値は、単なる癒しではありません。
それは、人と人との関係や、日常の役割をもう一度動かす、小さなきっかけを生み出すことにあるのではないでしょうか。
「いきいき長寿社会推進者セキグチ」の関口です。
テクノロジーを通じて、高齢者がより豊かに社会とつながる未来を目指し、介護ロボット分野から一歩広げた活動に取り組んでいます。私の経歴やこれまでの取り組みについては、プロフィールページで詳しく紹介しています。
また、活動の背景や大切にしている考え方は、ビジョン・メッセージページにまとめています。ぜひあわせてご覧ください。
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