まず、一般的な産業用ロボットは主に作業工程の生産性や効率性の向上を目的に導入されます。あるいは、人間がやるには危険な作業などをロボットに代役してもらうわけです。ところが、介護現場はロボットが活躍する工場や物流倉庫とは大きく異なるのです。必ずしも生産性や効率性が求められる職場ではありません。サービス業でありホスピタリティが求められる職場です。
例えば、移乗介助をする場合を考えてみましょう。これまでは職員2人がペアを組み1人の利用者さんを移乗介助するのに3分ほど掛かっていたと仮定します。この場合、1人当たり3分なので2人の所要時間を合わせると計6分の時間を費やすことになります。
これは1回の移乗介助に6分という時間に相当するコスト(人件費)が発生していることを意味します。製造業的な発想だと、ロボット導入によりたった1人で2分で移乗介助ができるようになれば、所要時間が6分から2分に短縮されて、「生産性が3倍になった!」と評価されることになります。
ところが、介護現場はそうでもないのです。例えば、移乗介助の際、利用者さんに対して「今日は天気が良く、ポカポカして気持ち良いですよ!」や「〇〇さん、痛くないですか?」などと声掛けしてあげることが(利用者さんの)満足度アップにつながります。単なる移乗介助だけではなく、そこには「声掛け」という“いたわり”が求められるのです。モノではなく人を扱っているので、声掛けしてあげることがQOL(Quality of Life)の向上になると考えられています。
繰り返しますが、モノではなく人を扱っています。だから生産性が向上する一方でコミュニケーションの機会が奪われてしまうのでは逆にマイナスと考えられてしまいます。コストを下げようとすることで、それに比例してサービスレベルが低下することはよくある話ですが、介護現場ではコストを掛けて(ロボットを使って)生産性の向上に努めることが逆にサービスレベルの低下を招きかねないのです。
生産性・サービスレベル・コストという製造業で使われるアプローチをそのまま適用させることができないのです。
私は以前プロセスカイゼンのプロジェクトを担当していたのでよくわかるのですが、一般企業では「生産性(時間)」「コスト」「サービスレベル」を意識します。
だから、「これまで1人当たり1件処理するのに平均で15分掛かっていた工程が、ロボット導入により1件3分で処理できる」→「生産性は5倍もアップする!」→「だから、ロボット導入に〇〇円、月々のランニングコストに〇〇円掛かっても、今の処理件数のまま推移すれば2年以内には投資がペイできる!」→「それなら、早速導入しよう!」などと複雑なロジックになることはなく、意外と簡単に計算が成り立ちます。サービスレベルが低下しなければ、生産性とコストを天秤に掛けて比べるだけなので、意思決定のロジックがシンプルです。
一般的に、産業用ロボット(製造業)的な視点だと、ロボットを導入することで生産性が向上する、つまりオペレーションがカイゼンされるという確信から導入が決まるわけです。また、私が業務プロセスカイゼンのプロジェクトマネージャーとして関わったコールセンターなどでは、1回当たりの通話時間、通話後の後処理時間など業務プロセスを細分化して、個々のプロセスにどのくらいの時間やコストが生じているのかを分析していました。このように業務の「見える化」が進んでいる業界と異なり、介護の現場では介護日記などを使い利用者さんの体調や食事などに関する記録を残すことはしていても、そこで働く職員の生産性を指標で管理するところが少ないのです。要は、オペレーションが「見える化」されていない状態なのです。
例えば、「ベッド→車椅子」の移乗介助を1日に何回やったのか? 1回の移乗介助にどのくれいの時間が掛かっているのか? このようなことについては、なんとなくしかわかっていない施設が少なくありません。
また、当然ながら介護施設ではお金の管理や職員の勤怠管理などを行っています。しかし、オペレーション業務については、一般のビジネスで行なうような管理を行っていないケースが多いのです。
こういった実態が、ロボット導入・活用によるメリットの測定を難しくしています。最低限の「見える化」がされていないと、生産性という視点でのメリットを見い出すことができないのです。
介護サービス市場は、介護保険の指定基準に基づいてサービス内容や報酬単価が定められ、サービス内容と単価が法律によって定められています。価格が定められており、サービス内容は法律で制約があるため、好き勝手に高付加価値のサービスを提供することができません。介護サービスに付加価値を付けることが難しいのです。
これについては、別の見方をすれば法律によって価格が保障されているということになります。決まったサービスを提供すれば決まったお金が入ってくるのです。高付加価値のサービスで高い価格設定をすることができない一方、一般の企業であれば経験する「自社製品・サービスの価格が値崩れする!」ような心配もないのです。
また、介護業界は何かと補助金の恩恵を受けることができます。ハコモノ(施設)を建てるときには何かしらの補助金が用意されており、事業の運営に際しては「サービス」と「価格」が決められているわけです。
おまけに、職員の研修などについても社協と言われる社会福祉協議会などの団体から、無料あるいは格安で用意されています。他にも介護事業者を支援するためのさまざまなメニューが公費で用意されています。このように、一般的な民間企業よりも「なんでも公費に恵まれている」状態なのです。
このように良くも悪くも公費に恵まれ、保護された環境の中で事業を行っていることもあり、一般の企業と比べると何かと動きが受身になりがちです。そのため、行政からの補助金でも出ない限り、ロボットのような製品についてはなかなか手を出そうとしないのです。
福祉用具は個人が介護保険を利用して使います。福祉用具の選定にはケアマネージャーの存在が大きいのですが、(介護保険の)利用者さんの負担はわずか1割(一定以上の所得のある人は2割)です。おまけに、月々の負担金額(月額レンタル料)は1回の食事代程度にすぎません。
車いす、車いす付属品、特殊寝台、特殊寝台付属品、床ずれ防止用具、体位変換器、認知症老人徘徊感知器、移動用リフト、手すり、スロープ、歩行器、歩行補助杖、自動排泄処理装置とレンタル対象が13品目ありますが、どれも使い方が難しいものではありません。そのような福祉用具と比べ、介護ロボットの中には(施設の職員でさえ)使えるようになるまでに時間が掛かるものが少なくないのです。
また、介護保険適用ではない介護ロボットについては、医療機器のような加算の制度がない限り、ロボットの購入コストはもちろんのこと、ランニングコストも自腹となります。受け入れ施設には、介護報酬で決まった金額が入ってくる一方、ロボットを使うことによる金銭面のインセンティブがないのです。
逆に、ロボットを使うことによる事故のリスクへの懸念があります。人手で行えば1分も掛からない移乗介助なのに、ロボットでは何倍もの時間が掛かる「時間」の問題も常に指摘されがちです。これでは生産性アップどころではありません。場所や体格の違いの問題もあります。場所の広さでは問題なくても、入居者の部屋に家具がありロボットの使用が適さない(家具にぶつかる危険がある)こともあります。
福祉用具は個人へのレンタル・購入なので、特定の人に満足してもらえば良いわけです。その人だけの持ち物として使えれば良いわけです。一方で、介護施設でロボットを使う場合は、ある人の居室では使えても別の人では使えないことがあります。先に書いた通り、人によって体格差があるので同じロボットを複数の人に対して同じように使うことができなければ、使い分けをしなければならない手間が発生します。
他の業界と同じように、介護現場でも業務の効率化や利用者さんの満足度を高めることに関心がないわけではありません。しかし、ロボットが「単なるツール」として見られ、単純に福祉用具と比較されてしまうと、「カネ」の問題以外にもさまざまなマイナス面が指摘されがちです。
「買い手」にとっては、このようなマイナス要因を払拭するだけの見返りがないと、「補助金」がある時は導入しても、自腹を切ってでも導入・活用するメリットが「見えない」のです。
「いきいき長寿社会推進者セキグチ」の関口です。
テクノロジーを通じて、高齢者がより豊かに社会とつながる未来を目指し、介護ロボット分野から一歩広げた活動に取り組んでいます。私の経歴やこれまでの取り組みについては、プロフィールページで詳しく紹介しています。
また、活動の背景や大切にしている考え方は、ビジョン・メッセージページにまとめています。ぜひあわせてご覧ください。
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また、AIBOのようなペット型ロボットも、同じように人との関係性を生み出す存在として…
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