前回のコラムでは、「テクノロジーと共に生きる時代へ」というテーマで、技術が私たちの暮らしに深く溶け込み始めている現実についてお伝えしました。
今回はその流れを受けて、コミュニケーションロボットについて考えてみたいと思います。
読んだばかりの安藤武氏の著書『ロボットビジネス』の第3章「ロボットの就活から学ぶコミュニケーションロボットの世界」を通じて、私が改めて強く感じたことがあります。
ロボットというと、効率化や省人化を目的とした「便利な機械」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし近年、ロボットの位置づけは大きく多様化しています。
とりわけコミュニケーションロボットは、生産性向上を目的としたロボットとは、まったく別の軸に立っている存在だと感じています。
工場や物流、清掃などで使われるロボットは、「速く・正確に・安く」作業を行うことが価値の中心にあります。人の仕事を代替、あるいは補助し、効率を上げることが目的とうことです。
一方、コミュニケーションロボットの多くは、人の仕事を奪うことも、何かを生産することも目的としていません。むしろ、人の感情や関係性に働きかけることそのものが価値になっています。
本書では、ソニーのAIBO(アイボ)やGROOVE XのLOVOT(らぼっと)、パナソニックのNICOBO(ニコボ)など、多くのコミュニケーションロボットが「〇〇くん」「〇〇ちゃん」と名前で呼ばれ、誕生日を祝われ、家族の一員のように扱われていると紹介されています。驚いたことに、ロボット用の洋服を専門に扱う「ロボユニ」という企業も存在するのです。
私自身、介護現場や実証事業の場で、同じ光景を何度も目にしてきました。2010年にスタートした神奈川県の事業では、ロボットを施設に定着させる手段として、ロボットに名前を付けることを介護施設の職員に勧めていました。
それも、施設長のような立場の人が一方的に決めるのではなく、職員や利用者の家族を巻き込み、「ロボットの名前を募る」というプロセスを経ることが重要だと伝えていました。こうしたプロセスを通じてこそ、ロボットは施設の中で受け入れられやすくなることに早期から気づいていました。
これは、ロボットを「導入する」という行為が、単なる機械の設置ではなく、人と人との関係づくりのプロセスでもあることを示しています。
しかも、私が深く関わったパロ(PARO)については、名前を付けるだけでなく、「パロハウス」と呼ばれる小屋を作っていた施設もありました。充電中は「パロちゃんは、ハウスで就寝中」という位置づけにしていたのです。
ロボットを「操作している」のではなく、ペットのように「一緒に過ごす存在」として接する。この感覚は、生産性向上を目的としたロボットでは、なかなか生まれません。
『ロボットビジネス』の中では、LOVOTを用いた実験により、コミュニケーションロボットと生活を共にする人の体内で、絆の形成に関与するホルモン「オキシトシン」の分泌が高まることも紹介されています。
これは、コミュニケーションロボットの価値が、「気のせい」や「思い込み」ではないことを示しています。
人はロボットとの関係の中で、実際に心身の反応を変えているのです。
こうした文脈の中で、パロは非常に象徴的な存在です。パロは、認知症ケアなどの現場で活用されてきたアザラシ型ロボットです。パロの活用は、薬を使わずに不安を和らげ、表情や会話を引き出す「非薬物療法」としても知られています。
先に述べた通り、私はパロの導入現場を多数見てきましたが、現場で見てきた限りでも、パロを抱いたことで表情が和らぎ、自然に言葉を発し始める方は少なくありませんでした。気まずい雰囲気が漂っていても、パロの存在がそれを和らげてくれるのです。
ここで重要なのは、パロが「直接、治療をしている」わけではないという点です。ロボットが引き出しているのは、人が本来持っている安心感や共感、そして他者と関わろうとする力です。
しかし、ロボットを置いておくだけで自動的に効果が生まれるとは限りません。その力を引き出すためには、施設職員が関わり方を理解し、日々のケアの中で意図的に関与していくといった、人の介在が欠かせないのです。
本書では、NICOBOのような「弱いロボット」も紹介されていました。何かの役に立つわけではなく、思い通りに動かない。しかし、その不完全さが、人の寛容さや思いやりを引き出すのです。
これは、生産性向上を目的としたロボットとは、まさに真逆の発想です。コミュニケーションロボットは、人の活動を効率化するためではなく、人を人らしくするために存在していると言えるでしょう。
コミュニケーションロボットの広がりは、単なるガジェット(小型で便利な機器・道具)の流行ではありません。
それは、AIやロボットと共に生きる時代において、豊かさや人間らしさをどこに置くのかを考えさせる存在なのです。
「いきいき長寿社会推進者セキグチ」の関口です。
テクノロジーを通じて、高齢者がより豊かに社会とつながる未来を目指し、介護ロボット分野から一歩広げた活動に取り組んでいます。私の経歴やこれまでの取り組みについては、プロフィールページで詳しく紹介しています。
また、活動の背景や大切にしている考え方は、ビジョン・メッセージページにまとめています。ぜひあわせてご覧ください。
前回のコラムでは、「テクノロジーと共に生きる時代へ」というテーマで、技術が私たちの暮らしに深く溶け込み始めている現実についてお伝えしました。
今回はその流れを受けて、コミュニケーションロボットについて考えてみたいと思います。…
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