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いきいき長寿社会推進者セキグチ

    Active Aging Evangelist(アクティブ・エイジング・エバンジェリスト)

テクノロジーが拓く長寿社会の未来(No.60)

パロとの出会いが教えてくれたもの

~ロボットと笑顔が生まれる瞬間から読み解く長寿社会のヒント~

2025年 12月2日(火)

【キーワード】

  • パロ(PARO)
  • コミュニケーションロボット
  • ロンジェビティ
  • 高齢社会・QOL

私が介護ロボットの世界に深く関わるようになったのは、2010年の神奈川県事業(介護ロボット普及推進事業)がきっかけでした。

当時は “介護ロボット” という言葉自体がまだ殆ど知られておらず、施設の訪問調査では、A3用紙にロボットの写真をずらりと貼り付け、「介護ロボットとは何か」をまず共有するところから始まったことをよく覚えています。

さまざまなロボットと接点がありましたが、その中でも私が最も長い時間をともにしたのが、アザラシ型ロボット「パロ」でした。

神奈川県の事業では、介護施設の職員向けに「パロ研修会」という半日の勉強会を月1回ペースで約2年間にわたり実施し、私はその事務局およびグループワークの進行役を務めていました。

今回は、このパロを入口に、コミュニケーションロボットの魅力と、ロンジェビティ社会への示唆を少し考えてみたいと思います。

パロは見た目こそ愛らしいアザラシですが、その内部は高度なセンシング技術の塊です。

触ったときの反応、鳴き声、体の重さと温かさ…。

当時の介護現場では、パロを抱いた瞬間にふっと表情が緩むご利用者の姿を何度も見ました。

徳島県主催のロボット教育プログラムで小学校を訪問した際も、パロは大人気でした。

子どもも高齢者も関係なく、パロに触れた瞬間に笑顔が生まれる。その光景は何度見ても印象的です。

ある施設では、普段そわそわと落ち着かなかった方が、パロを膝に乗せた途端、目を細めて10分以上ゆっくり撫で続けていました。

職員の方が「こんなに落ち着いて座っているのを久しぶりに見ました」と驚いていたほどです。

パロは“癒し”を目的に開発されたロボットですが、介護現場で起きていたのは 「人と人のつながりが自然と生まれる」現象 でした。

利用者─職員、利用者─家族、あるいは利用者同士の間に、パロが会話の種をつくっていくのです。

パロを施設に運ぶと、必ずと言っていいほど起きる“あるある”があります。

「これはアザラシ?」

「息してるみたいね」

「名前つけてもいいの?」

「今日のパロは眠そうだねぇ」

初めて触れるロボットに対する興味が、そのまま自然なコミュニケーションの入口になっていく。

ときには、パロに話しかけているうちに、昔の思い出を職員に語り始める方もいます。

ロボットが“会話の起点”となり、人の記憶や感情をほどいていく。

その場の空気がやわらかくなっていく瞬間に、私は何度も立ち会いました。

この「場を整える力」はPepperやLOVOT、Robohonにも共通していますが、パロは特に“静かで優しい作用”をもたらす点で独特です。

パロは言葉を話しませんが、その沈黙が、かえって癒しの効果を高めているのかもしれません。

パロは癒しのロボットですが、ときには予想外の行動を見せることもあります。

例えば、職員さんが利用者にゆっくり声かけをしている最中に、パロが突然「キュー…」と鳴き、「ちょっと今は静かにしてて!」と皆で笑ったことがありました。

また、パロを抱いた利用者さんが

「この子は今日よくしゃべるねぇ」とあやすように語りかけていた姿も印象に残っています。

ロボットなのに、どこか“天然”。

しかし、その“ゆるさ”こそが人を笑顔にし、場を温めてくれるのです。 

パロから広がったコミュニケーションロボットの世界

2010年代以降、介護・福祉・教育の現場では、さまざまなコミュニケーションロボットが登場しました。

•人の動きや状況に合わせて会話する Pepper

•抱きしめると温かく、甘えるような動きをする LOVOT

•小柄な体で会話し、持ち運べる Robohon

どのロボットにも独自の“キャラクター”があり、ロボットならではの「少し抜けた愛らしさ」が笑顔を生みます。

パロを通して体験してきた “場の雰囲気が変わる瞬間” は、これらのロボットにも確かに共通していると感じています。

ロボットの“かわいさ”は、長寿社会の大事なインフラになる

ロンジェビティ社会は、「長く生きること」だけでは成立しません。

長く生きる時間を、どう楽しめるか。どうつながれるか。

そこが本質です。

パロのようなコミュニケーションロボットは、効率化や自動化を目指すテクノロジーとは少し違い、心の動き に働きかける価値を持っています。

  • 人の心が動く
  • 会話が生まれる
  • 笑顔が増える
  • 思い出が引き出される

こうした変化は数字では測りにくいものですが、超高齢社会のQOLを左右する大切な要素になるのは間違いありません。

ロボットが「完成された機械」ではなく、ちょっと天然で、かわいくて、触れたくなる存在”であること。

そこに、長寿社会を豊かにするヒントがあるのだと思います。

おわりに

私が最初にパロと出会ってから、気づけば15年以上が経ちました。

ロボットは当時よりもずっと身近になりましたが、“人の心を動かす力”という点では、パロは今でも象徴的な存在です。

ロンジェビティ時代のテクノロジーは、単なる便利さや生産性だけではなく、人の笑顔やつながりをつくる方向へ進化していくはずです。

そして、その最初のヒントをくれたのは、小さなアザラシ型ロボットでした。

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「いきいき長寿社会推進者セキグチ」の関口です。

テクノロジーを通じて、高齢者がより豊かに社会とつながる未来を目指し、介護ロボット分野から一歩広げた活動に取り組んでいます。私の経歴やこれまでの取り組みについては、プロフィールページで詳しく紹介しています。

また、活動の背景や大切にしている考え方は、ビジョン・メッセージページにまとめています。ぜひあわせてご覧ください。

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