介護ロボットの着眼点(No.56)

自治体を巻き込むにはどうすべきか

~5つの『施策発案ルート』から考える現実的アプローチ~

2025年 7月4日(金)

【キーワード】

  • 自治体提案
  • 自治体での施策化
  • 島根県浜田市

中小企業の中には、「自治体を絡めて事業を拡大したい」「市場を開拓するには、自治体を巻き込むのが良いのでは?」と考える経営者も少なくありません。

特に、高齢者支援や地域活性、防災・防犯、介護・福祉分野の製品やサービスを展開する企業にとって、自治体との連携は有力な選択肢の一つです。

ただし、「役所に提案すればうまくいく」と考えて動くのは見通しが甘すぎます。そもそも、自社のアイデアが自治体の施策として成立しうるのか、どのような流れで制度化・事業化が実現するのか、ある程度の調査と構想が不可欠です。

つまり、「この市場はいけそうだ」「条件次第で可能性がある」「難しそうなので見送ろう」といった経営判断を下すためには、仮説構築と事前調査が必要です。そして「いけそうだ」と判断したら、次に誰にどうアプローチすべきかを検討する段階に進みます。

ここで参考になるのが、島根県浜田市長・久保田章市氏の著書『役所のしくみ』です。私はこの本をタイトルを見て即購入しました。著者が現職の市長という点に加え、私自身が過去に浜田市の企業を支援した経験があり、何度か現地を訪れたことがあったからです。

久保田市長は著書の中で、自治体内で施策が発案される主なルートとして、以下の5つを紹介しています。

1. 国が提供する好事例情報

各省庁のウェブサイトなどで紹介されている「好事例集」を参考にして、自治体が他市町の成功事例を模倣するケースです。行政内では、事例が国のウェブサイトに掲載されているということが一定の「お墨付き」として機能し、採用されやすくなる傾向があります。

2. 地方議員からの提案

提案で多いのは、議員が地盤とする地域の困りごとや要望です。例えば、「道路の草刈り助成額を引き上げてほしい」「〇地区の市道が狭いので拡幅してほしい」など、身近な困りごとが行政に持ち込まれることが多いといいます。

3. 市民からの提案や要望

これは、市に直接要望や提案する方法です。浜田市では「市長直行便」という制度があり、市民が専用のはがきやメールで市長に直接要望や提案を伝えることができます。“直訴”型のルートです。

4. 職員の発案(ボトムアップ)

久保田市長によれば、職員からの自発的な施策提案が増えることは、市役所の活性化につながるとのこと。ただし、実際には課長や部長による“ストップ”もあり、制度化には多くのハードルがあるといいます。

このことは言い換えれば、情報(提案)を当該課の職員に届けるだけでは不十分であり、課長クラスにも確実に伝え、理解・納得してもらう必要があるということです。

5. 首長の発案(トップダウン)

地域訪問時の声や、新聞・雑誌・テレビなどから得た情報がヒントとなり、首長が施策を発案するケースです。首長の意志や関心が直接政策につながるという点で、影響力の大きいルートです。

では、介護ロボットや福祉機器、アプリ、ICTソリューションを企画・開発・販売する中小・ベンチャー企業が注目すべき発案ルートは、どれなのでしょうか?

5つのルートすべてがヒントになりますが、特に以下の3点は実務に直結する示唆を含んでいるかと思います。

その1)国の好事例として紹介されることの影響力

たとえその評価が賛否ある内容であっても、国のホームページで「好事例」として紹介された施策は、多くの自治体がこれを模倣しやすい傾向があります。

つまり、製品やサービスを採用した自治体での成功事例を「国の好事例」として掲載してもらうことができれば、それ自体が新たな拡販の導線になるのです。

その2)自社製品の“視察効果”とメディア掲載の力

市長の例では、現場視察で得た情報が新たな施策に結びついていますが、同様のことは部課長クラスの職員にも起こります。視察先で貴社製品が使われていれば、それが次なる施策の“きっかけ”になる可能性があります。

また、その様子が地元メディアや業界メディアに掲載されれば、議員や首長の目に触れ、さらに波及効果が広がるでしょう。

現に私は実務を通じてこれを痛感しました。何もしていないのに「視察させてもらえないか」「取材を受けてくれないか」という話が毎日のように舞い込んできたのです。

単に導入してもらうだけでなく、「見られる」「伝えられる」ことが、次なる展開を生む重要な要素なのです。

その3)協力者による波及

しかし、「国に好事例として認められる」「メディアに取り上げられる」ためには、先に導入してくれる「協力者」の存在が不可欠です。現場で実際に使われていなければ、国の視察もメディアの取材も生まれません。

つまり、最初の実績を作らなければ、何も始まらないのです。実績がないと、どこからも相手にされず、にっちもさっちもいかなくなります。

これこそが、小さな企業が自治体市場を開拓しようとする際に立ちはだかる、大きなハードルです。

一般市場であれば、知人や仲間に顧客役を頼み、「これが実績です」と演出することもできますが、自治体相手にはそんな姑息な手段は通用しません。

自治体市場に参入するためには、「どのように提案するか」だけでなく、「自治体の中でどうやって話が動くのか」を知ることが重要です。

今回紹介した5つの施策発案ルートを踏まえれば、単なる売り込みではなく、「仕組みの中にどう入っていくか」という視点が見えてくるはずです。

また、残念ながら「良い製品だから、売れる」ということはありません。初めから前述の内容や構造を理解し、理想のシナリオを描くと同時に、どこにどのようなハードルがあるかを把握しておくことです。

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