特別レポート1:「未知なる介護市場への参入:特異な市場を理解する」
その1)なぜ上手くいかないのか?

こんにちは、介護ロボット経営実践会の関口です。

「なぜ、上手くいかないのか?」

この疑問に対する答えは、単純に「市場が異なるから」です。介護市場はその特性が製造業とは大きく異なり、同じアプローチで攻めようとしても成功が難しいのが現実です。別の市場で販売していた製品が成功していたからといって、それを介護市場に持ち込むだけで同じように成功する保証はありません。介護市場は「製造業(一般企業)向けと同じアプローチ」ではうまくいかないのです。

そこで、今ではすっかり慣れてしまいましたが、私が2010年に初めて介護市場と触れ合った際に得た教訓や違和感などをもとに、今回は「なぜ、上手くいかないのか?」というテーマで、なぜ介護市場が特異であるかについてお伝えします。

1.市場の特性が製造業とは異なり、必ずしも生産性や効率性が求められる職場ではない!

一般的な産業用ロボットは、主に作業工程の生産性や効率性向上を目指して導入されます。また、危険な作業をロボットに代行させることもあります。しかし、介護現場は工場や物流倉庫などで活躍するロボットとは異なり、生産性や効率性が常に最優先される場所ではありません。介護はサービス業であり、ホスピタリティ(おもてなしの心)が求められます。

例えば、移乗介助を考えてみましょう。製造業的な視点では、所要時間が3分から1分に短縮されれば、「生産性が3倍に向上した!」と評価されるでしょう。しかし、介護現場ではそうした指標が必ずしも重要ではありません。移乗介助の際、利用者さんに「今日はポカポカ陽気で気持ちが良いですね!」や「〇〇さん、痛みはありませんか?」などと声をかけることが、利用者さんの満足度向上につながります。

ロボットを使って単調な作業を効率的に行うことも重要ですが、介護現場では「声かけ」といった「いたわり」が欠かせません。ここでは人々とのコミュニケーションが不可欠なのです。コスト削減のために機械化を進めた結果、サービスレベルが低下する例は少なくありません。介護現場では、コストを削減する一方で、サービスレベルの向上にも努めなければなりません。

2.業務が「見える化」されていない!

私は以前、業務プロセス改善のプロジェクトのリーダーを務めていました。一般企業では「生産性(時間)」「コスト」「サービスレベル」が重要視されます。

したがって、例えば、「これまで1人当たり1件処理するのに平均で15分かかっていた工程が、ロボットやシステムの導入により1件3分で処理できるようになった」といった場合、「生産性が5倍も向上する!」と計算できます。このように、生産性向上に伴うコストや投資対効果を簡単に評価することができます。サービスレベルが低下しない限り、生産性とコストを天秤にかけるだけでシンプルに意思決定が可能なのです。

一般的に、製造業の視点では、ロボットなどの導入によって生産性が向上し、オペレーションが改善されることが確信された上で導入が決まります。私がプロジェクトマネージャーとして関わったコールセンターや業務プロセス改善プロジェクトでは、業務プロセスを詳細に分析しました。例えば、1回あたりの通話や通話後の後処理に関わる工程を見える化し、所要時間を数値で把握しました。

しかし、介護の現場は業務の「見える化」が進んでいません。介護日誌には利用者さんの体調や食事などの記録を残しますが、職員の生産性に関するデータはあまり管理されることがありませんでした。要するに、利用さんの管理はしていても、業務のオペレーションの管理が不十分なのです。「見える化」されていないのです。

このため、機器導入の「ビフォー(Before)・アフター(After)」の比較に際して、ビフォー(Before)の状態が見えていないため、ロボットやICTの導入によるメリットについては数値化しにくいことがあります。最低限の「見える化」や「測定」が行われない限り、導入のメリットが把握しづらいのです。

3.意思決定が複雑で、事故リスクに対する心配が大きい!

介護現場では、モノではなく人と接することが日常です。対象は高齢者であり、ロボット導入の意思決定は施設の経営陣が行いますが、実際にロボットを使うのは現場の職員です。最終的な恩恵を受けるのは高齢者自身ですが、彼らの家族の意見が大きな影響を与えることになります。このように、介護ロボットの導入における意思決定はちょっと複雑なプロセスとなるのです。

また、導入の際にはメリットよりもデメリットを懸念することがあります。介護施設では、感染症や事故の発生をかな心配します。感染症に関しては、特に冬季に発生しやすく、うがいや手洗いの徹底などの対策をしても、人の出入りがある限り完全には防げません。2020年以降は、コロナウィルス感染にも細心の注意を払わなければならなくなりました。

さらに、事故に関しては年中発生する可能性があります。いつ、どこで、誰に発生するのか全くわかりません。これには、ちょとした転倒などの事故から、高齢者が車椅子の生活を余儀なくされるような重大な事故まで含まれます。

私は「介護施設に入ると、元気な人まで車いすの生活にさせられてしまう!」という声を何人もの高齢者から耳にしたことがありますが、確かに施設側としては万が一の転倒事故を避けるためにも、利用者さんには車いすの生活をしてもらった方が安心なのです。このように、施設運営側は、施設内での事故を最小限に抑えようとします。

そのため、これまで人が行ってきた作業に代わりにロボットを使用する際、生産性が大きく改善されることがわかっていても、事故の発生リスクがあるかもと判断されると、ロボット導入に資金を出す気にはならなくなってしまいます。

追加すると、ロボットなどの新しいツールを利用者に対して使う前に、利用者の家族から許可を得なければならないことがあります。導入後に「ウチの母をロボットの実験台にしないで欲しい」などと家族からクレームが入ることがあるからです。同様に、導入検討の段階で利用者の選定が進行していたにもかかわらず、家族の反対によって導入が中止されることもあります。さらに、家族から承諾してもらっていたのに、実際にロボットを活用するシーンを目にした家族から反対されるというケースもあります。

このように何かと複雑な面があり、工場や倉庫にロボットやシステムを導入する際とは大きく異なるのです。

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